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● 伊勢奥津駅 ● 地元に愛される名松線
駅に到着して直ぐ、暗くならないうちに駅の松阪側の(当たり前か)神社踏切から駅を撮影。既にライトは切り替えられているが「伊勢奥津」表示のまま。(16:37)
「松阪」表示に切り替わる。(16:38)
立派な駅舎だが駅の施設は右端で中央は津市の八幡出張所。奥の別建屋は津市伊勢奥津駅前観光案内交流施設。コミュニティハウスと共存した駅舎は各地で見掛けるが、此れだけしっかりした役場・役所との共存は他では見たことが無い。建屋内外の掲示物も含め名松線を守ると云う行政の本気度が感じられる。この様な施策を全く行わず口だけ出して毎年何億もの金をJRから拠出させ続ける何処かの市町村に、爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。
駅前には「のれん街」への道案内標識。かつての屋号を暖簾であらわした伊勢本街道の奥津宿の取り組みらしい。地元の方々の郷土愛が感じられる。ストリートビューで辿ってみると谷口集会所~奥津郵便局の1.5kmに渡ってのれん街は広がっているようだ。駅から100mも下ればその街道に出るわけで、気付けなかったのは残念。
駅舎内外には多くの写真が掲示されている。機関庫が残ってればなぁ・・・
以上のような行政と沿線の方々の名松線への思いが8年前の全線復旧に繋がったのであろう。実際被災区間の治山・治水対策が復旧の条件になっていたらしい。輸送的にはバス転換でも問題なかったのだろうけど。
伊勢奥津駅周辺(比津駅側)は「須郷の里景観保全地区」でもあるそうな。
出張所内にある奥津の立派な旧役場や旧橋の記録。余程林業が盛んだったんだろう。
伊勢奥津駅に残る蒸気機関車用の給水塔も現存数の少ない鉄道遺産。
鉄製の給水タンクと云う点に価値があるみたい。給炭台とセットなら垂涎の的となるが、さすがに現存する給炭台は数えるほどしか無かろう。
給水塔とキハ11。
整理券も貰ってきた。
駅にはスタンプも置かれている。
● 帰路 ● 草津線経由
・伊勢奥津1715-416C-1841松阪
往路の家城駅でのタブレット交換。前夜は満月だった。
松阪駅では再びキハ75と遭遇。この後の乗り継ぎが悪いので、此の列車で外城田駅まで行って折り返して来ても同じなのだが、もう良かろう。(2919D 松阪 18:51)
・松阪1857-334C-1941亀山
亀山駅で乗り換えの関西本線はキハ120単行。発車まで時間はあるが平日とあって乗客は既に多め。
関西線にもモハ315系が進出して来ている。
乗換時間の間に駅前をブラブラ。
駅前の亀山市立図書館にあった掲示物。
駅舎内には貴重な写真が展示されていた。
・亀山2016-261D-2045柘植
柘植駅でも乗り換えに少々待たされる。
柘植駅でも写真が飾られていた。
写真のD51 831は余野公園で保存されている。
ラストランナーとなる草津線の列車が入線してきた。2番線発車の少数派。間違っても亀山方面へは行かへんで。
・柘植2105-5391M-・・・
● おさらい ● 旅程
・ ・・・-900M-638米原
・米原646-2310F-736岐阜
・岐阜741-705D-810鵜沼
・鵜沼818-21D-849白川口:ひだ1号
※休日ダイヤだと岐阜-白川口間が特急利用となる
・白川口906-1713C-949下呂
・下呂1004-628C-1137美濃太田
・美濃太田1203-719C-1234多治見
・多治見1237-???-1316名古屋
・名古屋1337-2911D-1446松阪:みえ11号
・松阪1511-417C-1635伊勢奥津
・伊勢奥津1715-416C-1841松阪
・松阪1857-334C-1941亀山
・柘植2105-5391M-・・・
青春18きっぷ最終3日目の記事はこちら ⇨
キハ75に乗りたい旅<完>