前篇はこちら⇨
● 万国博覧会とは ● 万国博覧会の先輩達
受付を通り2階に上がった空間には「エキスポタワー ~万博中央口駅 ~ 大屋根・太陽の塔(テーマ館)~ 万博美術館」のジオラマが置かれている。万博会場と共に撮られた写真が多いのでそうは感じないかもしれないが、大屋根は兎角でかかった。

エキスポタワーはEXPO'70閉幕後派手に彩色されている。
壁には「万国博の歴史」がテーマ別に整理されている。
ネットも無く断片的にしか情報が入ってこない時代、万博はまさに未来に触れる事の出来る場であった。
EXPO'70では全面採用された「動く歩道」が有名になったが、同時にUCC缶コーヒーが大きく知名度を上げた事も見落とすわけにはいかない。
では中へ参ろうか。
● 鉄鋼館 ● 当時の姿を再現したスペースシアターホール
赤い通路には世紀の祭典に沸いた当時ものがズラリ。
そして鉄鋼館のホールへ。何も知らなければ現在の建築物と偽られても気付けないかもしれない(内部へは入れず観覧のみ)。
でも椅子は間違いなく当時もの。これが当たり前だった。
● 万博の記録 ● 入れなかったソ連館
無人運転のモノレールは一度だけ乗った。満員だった。
最終日、他パビリオンが頑張ってるなか終幕間際に駆け込もうとしたら、けんもほろろにシャットアウト。共産主義の冷たさを実感!?
当時は写真より絵が主流。そのせいか今見ても華やか。
ソ連館とアメリカ館の入館者数にこれほど開きがあったとは!伏兵はカナダ館也。
この一角は何だたっけ?
そして別館への入口が顔を出す。
● 黄金の顔 ● スタンプも現存!
ミニスカートブームの頃にデザインされたホステス(現在のコンパニオン)のユニフォーム。往時を知らない女性係員は首を傾げ気味( “すいてつ” 語りの当時のエピソードには食い入り気味)。
当時のスタンプそのものが残っているとは驚いた。「EXPO’70スタンプラリー&EFE Global Learning Project」で用意されたスタンプが、往時のものの復刻である事がよく判る。
記念メダルは恭しく展示されてるが、記念硬貨は? 実はEXPO'70の記念硬貨は100円硬貨だけで、発行枚数が多いため希少性は高くない。
真ん中下は三菱未来館。楽しいパビリオンだった。
検討段階でのジオラマだったと思う。
当初は日本館を残す予定だったと聞いたことがある。解体前に一度開放して欲しかった。
岡本太郎氏作の仮面の数々。下にはEXPO'70マップの見本品(グッズ)。
下はリニアモーターカー。国鉄監修では無さそう。
行方不明になっている「地底の太陽」の模型。誤って処分されてしまったと云う噂も・・・
別館の目玉が「黄金の顔(初代)」。手摺りに沿うエリアで撮るには落下防止の有料レンタルストラップが必要なので、その後ろから撮影。
地上階では撮り放題。意外と眼は小さい。あんな処に籠城してたンや。
顔の後ろへ廻ると、其処には太陽の塔内部で展示されていた生命の樹の写真や模型などが展示。
本館に戻ろうとしたら庭への案内板があったので、出てみるとこんなのが。
どう撮っても明るい中では冴えないので、ライトアップ用だと判断。後で調べるとやはりその通りだった。
● EXPO'70の残り香が此処にある ● 本館にて
本館に戻ると立派な大屋根+太陽の塔の模型が出迎えてくれた。このスケールでも人間は爪ほどの大きさ。やはり大屋根はデカイ!
お祭り広場には、眼の部分が操縦席になっているロボットが2台、長らく放置されていた。デメとデクと云う名前やったんやな。
万博浴衣なんてあったんや。
エキスポランドではダイザラザウルス1番線(ジェットコースター)を初体験。でも子供心にもエキスポランドに居る時間が惜しく、パビリオン巡りに行きたかったように記憶している。
電波時計がこの時から有ったとは!
ペーパークラフトによるジオラマは個人の力作。
エキスポタワーは残して欲しかったけど、有料展望台としての価値は低かった。せめて多角形ユニットで何らかのイベントがないと。
EXPO'70のシンボルマークは受け入れ易く大人しい半面インパクトが小さいので、ポスターのデザインは苦慮したかも。
シンボルマークよりEXPO'70の方が強調されてる感じ。
EXPO'70パビリオン常設展の観覧時間は1時間ほどだった。EXPO'70パビリオンの前には「平和の鐘」が鎮座しているが、幾つ鐘をこさえれば世界平和は実現するのだろう?
訪問日の5日後には万博夏祭りが始まる。EXPO'70モニュメントにも灯が点り、静かに人を惹き付けるのだろう。
EXPO'70パビリオン < 完 >