気ままな 汽車好き

時にはこだわり 時には気まぐれな 汽車好きのたわ言です

目指せ大登山! “すいてつ” 日々 悪足掻き

● 日常が鍛錬 ● 普段の “すいてつ”


 比較的大股&早足の “すいてつ” 。階段を登る時は通常1段飛ばし。そして自転車を漕いだら高速ギヤ主体。また階段を下りる時は爪先から下りて静かに着地。此らの普段の自然な行動が全て登山の鍛錬に役立ってたらしい。長階段等連続登りには一定リズムが有効と気付いていた経験も有利に働いた。その辺のところは此の記事でチラリと触れている。

 メンバーの中では若輩なせいもあるが、常に先陣を切れたのは此らのおかげか。でも其れだけじゃ大目標には当然太刀打ち出来ない、と云う訳で意識して新たに鍛錬を始める事にした。と云っても “すいてつ” はズボラ。鍛錬のために時間を設けるのは嫌。有料のトレーニングジムなんてもってのほか。日常の行動を工夫して何とかでけへんかと考えてみる。

● 上り階段 ● 500段

 最初に始めたのがこれ。エレベーターを使わず1回/日は長階段を利用する。長めの踊り場が入ったりするが、ノンストップで一定のリズムを保って登りきる。7分半前後で登れている。
 大目標に向けて残り半月となった頃、思い切って1段飛ばしで登り始めた。かなり苦しい。ゆっくりと登れば良いのだが、それだと一歩一歩が長い=片足の状態が長いので辛く、次の一歩が出てしまう。結果7分弱で登ってしまう羽目に。歩数が少ない分早くなるみたい。

● 下り階段 ● 爪先下り

 試しに一度500段を下りてみたが、難なく下りられて何も感じることがなかった。多くのサイトでは下山の訓練になると書かれているが、 “すいてつ” には効果なかったみたい。普段爪先下りを行っているせいかもしれない。
  “すいてつ” が実家に居た頃、木造家屋のため階段の上り下りが響くので、静かに歩く必要があった。それが自然と爪先から下りる歩き方を生んだようだ。

   ⇦ 爪先で静かに着地し         静かに踵を下ろす ⇨

 ゆっくり歩けば鍛錬度合いも上がるかもしれない。

● 爪先漕ぎ ● 自転車

 登山の鍛錬ではどうやら足首を鍛えた方が良さそうだ、と云う訳で次に始めたのが自転車の爪先漕ぎ。ふくらはぎに負担が掛かるのが感じられるが、二、三日もすれば慣れてしまった。

● 爪先登り ● 階段

 駅や作業場での階段は普段1段飛ばしだったが、500段鍛錬を始めてからは足首を鍛えるために爪先登りを始めた。爪先歩きでは無い。足の裏全体で階段に着地した後に爪先立ちして体を持ち上げ、上の段へと移る。

  ⇦ 爪先立ちして体を持ち上げ次の段へ     足全体で階段に着地 ⇨

 ふくらはぎに負担が掛かっているので効いているように思える。

● 爪先上げ着地 ● 踵歩きだと効果大だがみっともない

 六甲山を下ってから有馬の街の坂道を上った際に、初めて筋肉が疲れているのに気付いた。この時⇨

 疲れを感じたのは赤く示した箇所。多分裏側が太もも下部(腓腹筋・ヒラメ筋)で表側は前脛骨筋。


 太ももは爪先に負荷をかける爪先下り・爪先登りで鍛えられるとして、前脛骨筋を鍛えるには? どうやら踵歩きが良いらしい。だがこれを続けるのは大変だし、傍から見ると異様な歩き方なので変に見られてしまう。次善の策として歩く時に爪先を上げた状態で着地し、次の一歩を踏み出すギリギリまで我慢してその状態を保つ、って云う歩き方を始めてみた。前脛骨筋に負担が掛かっているので効いてるようだ。

    ⇦ 爪先を下ろし次の一歩へ     爪先を上げた状態で着地 ⇨

 だが此の案に気付いたのはつい最近。何もしないよりはマシ、とは云え間に合うか?

● 呼吸 ● 思いっ切り吐く

 500段階段を上りきって心拍数を見てみると、体調が悪い時(単なる寝不足)は別として心拍数が意外と低い。あんなに息苦しいのに?階段室の空気が暑くて籠もっているせいもあるかもしれないが、ひょっとして息が浅いのでは?
 そう考えて始めたのが普段の生活の中での深呼吸だったが、調べてみると息を吐き切るのが大事なようだ。効果は直ぐに出た? 息苦しさは改善されたような気がする。ただ相当意識してないとすぐ元の呼吸に戻ってしまうのが難点。

* 効能 * 排尿が改善?

 ご多分に漏れず加齢と共にオシッコが出にくくなってきていて、更に頻尿の症状までもが現れてきていた。そろそろ服薬が必要かな(一度だけ通院して試した事があり効果は体感している)と思っていた今日この頃だったが、“悪足掻き” を始めてから割と早い段階で此らの症状が大幅に改善された。健康にとって、運動って大事なんだなぁと実感させられる。 


 さあ、大登山はもうすぐ。結果はどうなる?

 

 

信楽満喫号 in 近江鉄道 ('26.8/23)

● 遅い告知 ● いつものことか・・・

 開催6日前の8/17(月)に、一斉にSNSのみで告知された当イベント。頑張っておられるはずなのに、何故告知が遅いんだろう。開催が危ぶまれるような懸念がギリギリまで払拭出来なかったンかな?

● 信楽満喫号 ● 舞台はあかね号

 Tweetで “すいてつ” は少々醜態をさらしてしまったが、信楽満喫号に充当されるのは元からあかね号と公表されていた。SNSでも見られるこのチラシが会場でも配られており、裏はアンケート用紙。立役者は「信楽中学生カンパニー」!信楽の方って、信楽線転換の時と云い団結力が凄いみたいやね。

● 会場へ ● 貴生川駅2番線

 イベントに参加するだけの場合はICOCAをタッチせぬように注意書き。

 改札口からは全く見えぬ2番線ホームには、「朝宮茶」の “のぼり旗” が1ヶだけと控え目。あかね号は素の姿のままでHM等無し。でも「◎近江鉄道」幕ぐらいは撮っといても良かったなぁ。

● 901号車 ● 鉄道会社ブース?

 会場であるあかね号に入ると受付が置かれており、その横は信楽高原鐵道のグッズ売場。ブレーキシューを持ち込めばさぞかし迫力があったろうに。


 其の奥はガチャフェスHMデザイン苦悩場所。

● 1901号車 ● メイン会場?

 朝宮茶の試飲会が行われている。3種とも戴けるがやはり特上煎茶が群を抜いて美味しい。¥1,000/80gやもんね・・・

 そしてもう一つの目玉が信楽焼作陶体験。焼き上げて送ってくれるが、センスが無い “すいてつ” は敬遠一辺倒也。

 因みに歩いておられるのが、信楽中学生カンパニー代表の福山淳氏。信楽で古着屋「siveL」を営んでおられる。

● ぽんぽこちゃん&駅長がちゃこん ● 13時の部

 13:15頃、“ぽんぽこちゃん”が登場。信楽の方の狸の印象って、こんな感じなのかな。あかね号の中の受付の机には景品がズラリ(後述)。

 引き続き “駅長がちゃこん” が現れる。イベント向きやなぁ、この着ぐるみ。

  “駅長がちゃこん” と “ぽんぽこちゃん” は初顔合わせらしいが、何か漫才でも始まりそうな雰囲気。

 外から見ると、ぽんぽこちゃんはかなり妖しい。

 閉じ込められてる!?

● 信楽中学生カンパニー ● 活動期間は既に4年半

 帰り際にアンケート用紙を受付で渡すと、くれたのがこのキーホルダー(?)。スッキリしたデザイン。 
 ところで信楽中学生カンパニーって何?

shigarakichugakuseicompany.sivel.jp

 4年前に設立されて活発な活動を行っておられるご様子。カエル絵付け体験(じゃらん)なんてのもあるので、信楽に行かれた時には是非。

www.jalan.net

信楽満喫号 in 近江鉄道 < 終 >

オルガン箪笥(ハーモニカ箪笥,音色箪笥)

● 祖母の嫁入り道具 ● 昭和10年頃?

 祖母は30年ほど前に亡くなったが最近まで箪笥は使われて(と云っても収納はされたままで出し入れしてない状態)いた。このほどとうとう廃棄することになり、「ちょっと待て!」とメルカリには出したものの短期間だったせいもあるが買い手は付かず。格式が高い感じはせぇへンもんな。先月末で廃棄済み。

● さわらぎや澤田東店販売 ● 三島郡茨木町

 箪笥は3段+台輪に分かれ、下の2段には持ち手が付いている。

 箪笥の裏には販売店の印と札。さわらぎやは今も茨木の地で家具店を続けておられる。

● 各部の様子 ● 残る樟脳が箪笥の生きてた証し

 台輪は歪みが出ていて上の段とは形が合わないが、そう云うものなのかも。

 メルカリ出品用に撮った引き出しの中。流石に摩耗が進んでいて開け閉めはちょっと突っ支える感じ。

 上の引き違い戸の部分。開け閉めが一番激しい箇所だったのだろう、丁寧に扱わないと直ぐに戸が外れる。

● 唄う引出し ● 二箇所

 小さい方の引き違い戸の下の2つが、開け閉めの際に鳴る引き出し。

 奥に仕掛けがある。

● オルガン箪笥 ●

 昭和初期に掛けて多く出回ったらしい。現存は珍しいが売買価格は箪笥本来の価値でほぼ決まり、鳴るからと云ってあまり高値はつかないとのこと。廃棄は正解だったのかも。
 雑な絵だが録っておいたので音色をお確かめ有れ。⇩

オルガン箪笥 < 終 >

 

六甲登頂&下山の記録 ('26.7/19)

前篇はこちら ⇨

● 六甲最高峰 ● 一軒茶屋から意外な距離

  一軒茶屋 12:17-12:26 六甲最高峰

 ゆっくり一息ついたところで、みんなで揃って最高峰へ。峰に名前は無いンかな。

 広々した場所だし登りきった安心感があるので皆さん賑やか。だがお気を付けあそばせ。気を緩ませて忘れ物などしたら目も当てられなくなりますことよ。あのキーホルダー、そのままにしておいたけど早めに気ィ付いてくれたかしらん。

● 昼食・下山 ● 足取りの早いこと早いこと

 一軒茶屋の六甲山上道路を挟んだ向かい側には、トイレが完備された広場がある。昼食を取るに打って付け。写ってないが写真の右側には大きなクズ物入れが置かれ、清涼飲料水の自動販売機もあるし困ることは無い。
 下山ルートは有馬温泉へと抜ける王道の魚屋道。写真右の石畳がそう。  (13:13)

 こんな楽な道でええンかいな。  (左13:14 右13:21)

 え?登るンかいな。  (13:28)

 途中尾根伝いに下る危険な箇所もあったりしたが、グループの面々は余力を残してあると見えて休憩無しで麓までノンストップ。湿気が増してきてそろそろ登山道も終わりかな?と感じるところにあるのがこの案内板。2分程休憩。

  一軒茶屋 13:13-13:56 案内板


 登山道を下りきるまでは意外と距離はあった。下りたところで待ち構えているのは「太閤の湯」のスタッフ。 “おためしご利用引換券” を下山客に配っている。

  案内板 13:58-14:21 登山口

 登山口の付近には「虫地獄」「鳥地獄」「炭酸地獄」の碑が建っている。かつては温泉と共に炭酸ガスが吹き出てたので、近付いた虫や鳥が多く死んだらしい。  (14:23)

● 有馬温泉の町 ● 太閤橋へ

 さて、有馬温泉停留所は何処?下ればいいはず。そうこうしてるうち住宅地の中にひたすら下る階段を発見!現住民が下りていくのを見て行き止まりでは無いことを確信。後に続く。
 下る途中で見付けたのが「太閤の井戸」。その頃って、どんな風景だっただろう。  (14:32)


 この後はただ帰りのバスに乗るだけで有馬の地で何かすることは考えてなかったが、途中の看板に「境内湧出 天神泉源」とあったのが気になり、観光客で賑わう路地から離れてちょっと寄り道。
 ココでビックリしたのは、 “すいてつ” 自身の脚の疲れ。天神泉源へと向かう上り坂を普通に歩こうとしたら、脚が重い!足首の上あたりの、表裏両方の筋肉が疲労している。山道は歩幅が小さいし、有馬の町に入ってからは下り坂ばかりなので全く気付かなかった。

  登山口 14:23-14:37 天神泉源

 確かに境内に湯が湧いている。2種有る温泉のうち「金泉」の方の泉源の一つ。

 湯が湧く神社の名は有馬天神社。ご神体は菅原道真公。

 有馬天神社からバス停留所までは直ぐ近くだった・・・いや、これ、違う。宝塚行きのバス停は太閤橋にある。

  天神泉源 14:40-14:44 阪急高速バスのりば

  阪急高速バスのりば 14:46-14:50 太閤橋

 漸く目的のバス停に到達。近くには袂石なるものがある。

 バスは30分後、定刻に発車。終点宝塚駅近辺では大渋滞に見舞われたが、遅延は4分だけだった。なんちゅうダイヤや。(写真は別の高速バス)

  有馬温泉 15:20-16:19(+4) 宝塚駅 ¥500

六甲登山の記録 < 完 >

 

六甲登山の記録 ('26.7/19)

前回の登山記録はこちら ⇨

● 芦屋川駅~高座の滝 ● 王道ルートを辿る

 大目標に向けてのプレ登山2度目。今回はちゃんとリュックを用意(間違えて小型リュックをピックアップ)し、7:38に登山開始。出発地から山道に至るまでは高級住宅街を抜けるが、ルートを示す案内板が各所にあるので迷うことは無い。
 坂道を淡々と進み住宅街を抜けると一気に山道。高座の滝至近までは自動車が入れるので、タクシー利用者もそこそこ見掛ける。  (7:58)

 心ない登山者擬きが転回所に自動車を放置。駐停車違反摘発し放題では?  (8:06)
 2段になってる高座の滝で1回目の休憩。  (8:10)

  芦屋川駅 7:38-8:09 高座の滝

● ロックガーデン ●

 高座の滝横の階段を登って少し行けば岩場が現れる。角が鋭くなく大きさも手頃(?)なのが初心者でも登れる要因かも。  (8:17)

 登山道は眺望があまり良くないが、この場所まで来てやっと海を見通す事が出来た。  (8:17)

  高座の滝 8:14-8:22<②休>8:24-8:33<③休>8:37-8:41<④休>8:44-8:55<⑤休>

 先頭を歩いているのを良いことに、チョコチョコ道を逸れてはパチリ。あちらは砂山かな? 登山道は厳しそう。  (8:45)

  <⑤休>8:57-9:04 万物相?

 50分程でだいぶ高度を稼げたようだ。  (9:01)

 万物相と思われる場所からの眺め。さっきの砂山が見える  (9:05)

  万物相? 9:10-9:13 風吹岩

 風吹岩に到着。  (9:13)

 広いので休憩にもってこい。

● 一軒茶屋へ ● 登りきったら そこには山上道路

  風吹岩 9:20-9:29<⑧休>9:35-9:45<⑨休>
  <⑨休>9:53-10:01 芦屋C.C. 10:33-10:53 本庄橋跡

 風吹岩を過ぎると普通の登山道となるが其れなりに険しくはある。芦屋C.C.では、登山道に詳しく自身の体力を把握されている方が、体力が残っているうちに(別ルートで)下山されることになった。立派な判断だと思う。
 何時しか登山道は木々の間を進むようになる。  (10:38)

 時には沢を横断。  (10:49)

 本庄橋跡に到着。今の橋はこんなの(名称不明)。掛かっていた場所も異なるようだ。  

  本庄橋跡 10:53-10:58 本庄堰堤11:00-11:08<⑬休>

 アップダウンを繰り返し、沢を渡ると七曲。またもや急坂が待っている。  (11:00)

  <⑬休>11:11-11:17<⑭休>11:23-11:32<⑮休>11:46-12:01 一軒茶屋

 迂回したくなる迂回路が眼の前に現れた。迂回せずとも通れたらしい。  (11:54)

 六甲山上道路に沿う一軒茶屋に到達。後続を待つ。

⇨ 次篇に続く

 

近江🚃'26:WESTERポイント V.S. 定期券 7月の記録

※ 2026年3月1日から『きっぷ』の在り方が全面的に見直され、多くの利用者にとって費用負担がUPすることになった近江鉄道。通勤利用は今度どうすれば割安になるのか?利用実績を元に比較検討してみる。今回は5月の実績から。

● 制度改変 ●   

 制度がどう変化したのかはこの記事参照⇩

●  “すいてつ” の背景 ● 通勤+鉄活 

 沿線住民ではないので通勤以外の日常利用は無い。通勤以外で利用はほぼ鉄活のみ。現在はまだスーパー定期が有効なので以前通りに乗車(土休日は1乗車¥100)しているが、スーパー定期の有効期限が過ぎた後にどうしようか迷っている。沿線住民なら利用者によってはシルバーパスが格安になるが、通常利用者との格差が酷すぎるのでコレはコレで問題だと思っている。少なくとも制度としては、(補助金を渡して)近江鉄道に割り引かせるのではなく沿線自治体が本人を補助する形にすべきかと。

● 3月の実績 ● 3/1(日)~3/31(火) 
● 4月の実績 ● 4/1(水)~4/30(木) 

● 5月の実績 ● 5/1(金)~5/31(日) 
● 6月の実績 ● 6/1(月)~6/30(火)

● 7月の実績 ● 7/1(水)~7/31(金)

 毎月の貴生川詣で(ほっこり案内板確認)と『近江かき氷トレイン』乗車以外は、定期区間内のみの乗車。9月以降のICOCA乗車移行後も同じ様な利用形態になりそう。貴生川詣ではどうしようかな?正直其れだけが目的なら少々距離はあるが自転車利用の方が早いし運賃も掛からんしな・・・まぁ、月一度くらい1デイスマイルパスを使ってもエエけどね。

● 考察 ● WESTERポイント V.S. 定期券

 最後の項目は試しに計算してみてるけど、半年定期の割引率が大きいので<E>のような使い方はタイミングが合わなければ無駄になる。で、 “すいてつ” の場合は? 9月に定期を更新するので、年末まで3ヶ月定期+正月連休前後はICOCA乗車+5月連休前まで3ヶ月定期+5月連休過ぎまでICOCA乗車+以降半年定期だとどうなるか?そろそろ計算してみようと思う。

< 次月に続く >

 

EXPO'70パビリオン:日本万国博覧会 ('26.7/13)

前篇はこちら⇨

● 万国博覧会とは ● 万国博覧会の先輩達

 受付を通り2階に上がった空間には「エキスポタワー ~万博中央口駅 ~ 大屋根・太陽の塔(テーマ館)~ 万博美術館」のジオラマが置かれている。万博会場と共に撮られた写真が多いのでそうは感じないかもしれないが、大屋根は兎角でかかった。


 エキスポタワーはEXPO'70閉幕後派手に彩色されている。

 壁には「万国博の歴史」がテーマ別に整理されている。

 ネットも無く断片的にしか情報が入ってこない時代、万博はまさに未来に触れる事の出来る場であった。

 EXPO'70では全面採用された「動く歩道」が有名になったが、同時にUCC缶コーヒーが大きく知名度を上げた事も見落とすわけにはいかない。

 では中へ参ろうか。

● 鉄鋼館 ● 当時の姿を再現したスペースシアターホール

 赤い通路には世紀の祭典に沸いた当時ものがズラリ。

 そして鉄鋼館のホールへ。何も知らなければ現在の建築物と偽られても気付けないかもしれない(内部へは入れず観覧のみ)。

 でも椅子は間違いなく当時もの。これが当たり前だった。

● 万博の記録 ● 入れなかったソ連館

 無人運転のモノレールは一度だけ乗った。満員だった。

 最終日、他パビリオンが頑張ってるなか終幕間際に駆け込もうとしたら、けんもほろろにシャットアウト。共産主義の冷たさを実感!?

 当時は写真より絵が主流。そのせいか今見ても華やか。

 ソ連館とアメリカ館の入館者数にこれほど開きがあったとは!伏兵はカナダ館也。

 この一角は何だたっけ?

 そして別館への入口が顔を出す。

● 黄金の顔 ● スタンプも現存!

 ミニスカートブームの頃にデザインされたホステス(現在のコンパニオン)のユニフォーム。往時を知らない女性係員は首を傾げ気味( “すいてつ” 語りの当時のエピソードには食い入り気味)。

 当時のスタンプそのものが残っているとは驚いた。「EXPO’70スタンプラリー&EFE Global Learning Project」で用意されたスタンプが、往時のものの復刻である事がよく判る。

 記念メダルは恭しく展示されてるが、記念硬貨は? 実はEXPO'70の記念硬貨は100円硬貨だけで、発行枚数が多いため希少性は高くない。

 真ん中下は三菱未来館。楽しいパビリオンだった。

 検討段階でのジオラマだったと思う。

 当初は日本館を残す予定だったと聞いたことがある。解体前に一度開放して欲しかった。

 岡本太郎氏作の仮面の数々。下にはEXPO'70マップの見本品(グッズ)。

 下はリニアモーターカー。国鉄監修では無さそう。

 行方不明になっている「地底の太陽」の模型。誤って処分されてしまったと云う噂も・・・

 別館の目玉が「黄金の顔(初代)」。手摺りに沿うエリアで撮るには落下防止の有料レンタルストラップが必要なので、その後ろから撮影。

 地上階では撮り放題。意外と眼は小さい。あんな処に籠城してたンや。

 顔の後ろへ廻ると、其処には太陽の塔内部で展示されていた生命の樹の写真や模型などが展示。

 本館に戻ろうとしたら庭への案内板があったので、出てみるとこんなのが。

 どう撮っても明るい中では冴えないので、ライトアップ用だと判断。後で調べるとやはりその通りだった。

● EXPO'70の残り香が此処にある ● 本館にて

 本館に戻ると立派な大屋根+太陽の塔の模型が出迎えてくれた。このスケールでも人間は爪ほどの大きさ。やはり大屋根はデカイ!

 お祭り広場には、眼の部分が操縦席になっているロボットが2台、長らく放置されていた。デメとデクと云う名前やったんやな。

 万博浴衣なんてあったんや。

 エキスポランドではダイザラザウルス1番線(ジェットコースター)を初体験。でも子供心にもエキスポランドに居る時間が惜しく、パビリオン巡りに行きたかったように記憶している。

 電波時計がこの時から有ったとは!

 ペーパークラフトによるジオラマは個人の力作。

 エキスポタワーは残して欲しかったけど、有料展望台としての価値は低かった。せめて多角形ユニットで何らかのイベントがないと。

 EXPO'70のシンボルマークは受け入れ易く大人しい半面インパクトが小さいので、ポスターのデザインは苦慮したかも。

 シンボルマークよりEXPO'70の方が強調されてる感じ。

 EXPO'70パビリオン常設展の観覧時間は1時間ほどだった。EXPO'70パビリオンの前には「平和の鐘」が鎮座しているが、幾つ鐘をこさえれば世界平和は実現するのだろう?

 訪問日の5日後には万博夏祭りが始まる。EXPO'70モニュメントにも灯が点り、静かに人を惹き付けるのだろう。

EXPO'70パビリオン < 完 >